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僕にとって絶対に忘れることの出来ない場所【神保町beam】

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ども、くろっくです。

今回は、個人的に思い入れのある場所の話をします。

 

先日、こんな記事を読みました。

 

西大井駅のマクドナルドは、一生忘れない。
参照元・まじまじぱーてぃー様

 

どんな内容かというと、“特定の場所”への郷愁です。

ニューシネマパラダイス的な切なさ、とでもいえば良いでしょうか。
(映画を見てない人には伝わりづらいかも)

 

葛藤と不安とワクワクを共有したこの場所は、ただのファストフード店ではあるけれど、わたしにとってはひとつの忘れられない大事な場所である。

今でもたまにあのときの光景を脳裏に浮かべては、夢中で自分の人生を切り拓いた瞬間のあの鼓動を思い出す。

あのマクドナルドで過ごした時間をずっと忘れずにいよう。

いつでもあのときの鼓動を思い出そう。

それだけでわたしは、どんなことも乗り越えられるはずだ。

 

この記事を読んで胸に沁みるものがありました。

 

人間は誰でも「葛藤と不安とワクワクを共有したこの場所」というのは存在するはずです。

 

そして僕にも、忘れられない場所というのはあります。

あんちゃさんの「西大井のマック」に該当する場所というのがあります。

 

それが神保町

さらに言うと、神保町beamというパチンコ屋です。

 

今回は、その話をしていきます。

 

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A5出口から地上に出る。すると、靖国通りと白山通りの交差点だ。

信号を白山通り沿いの渡り左の細い路地に入ってみると、さぼうるというオシャレな喫茶店がそびえ立つ。

さぼうる前を通り過ぎ、右手側のすずらん通りという商店街へ向かう。

暫く歩けば、三省堂神保町店。ここは国内随一を争う有名書店である。

この三省堂のすぐ前に居を構えていたのが神保町beamである。

 

この場所は、僕にとって絶対に忘れることができない大切な場所だ。

 

“別の国”に住めるようになった町

なぜ神保町が忘れられないか。

理由の1つは、この町で養分を脱出して、初めて勝てるようになったからである。

(ちなみに4号機終焉〜5号機黎明期の話。この時期に養分を脱出できた)

 

スロ稼働だけでなく何事もそうなんだが、
「自分が一皮むけた」と思える時ってのは最高に快感である。

毎朝が高揚していた。

ワクワクしながらA5出口を上がり、
今日のプランを練りながらさぼうる前を歩き、
高設定の期待に胸を膨らませがら9時30分の抽選を受ける。

毎日毎日が楽しくて仕方なかった。そんな場所なのである。

 

加えて、神保町の雰囲気である。

言うまでもなく、神保町といえば古本の町。
それゆえに街並みというのが異質で、どこか気韻がある。

他の町と比べても独特で異国感を感じる。

この異国感。

当時の僕の心境というのも異国に向かうという感じだった。

養分を脱出する=別の国に向かうということだからである。

 

「空間的な異国感」と「異国へ向かうような心境」とが相乗リンクしている状態なのである。

それゆえに強い思い入れを感じているのかもしれない。

 


暗黒と希望のコントラスト

神保町は忘れられない場所である。

このもう1つの理由は、当時の僕の生活状況である。

 

その時は極端なほどに生活が困窮していて、ヤマトや佐川の仕分けバイトに行っていた。

要は底辺労働というヤツである。
まさに暗黒そのものであり希望のカケラもなかった。

 

この仕分けバイトをもう少し言うと・・・

19時~翌6時くらいまでで日給12000円程度(休憩1時間)だったと思う。

バイト内容は、流れてくる自分の番号をコンベアから引き抜くというもの。

気が狂うほどの単純労働、そして激しく肉体を摩耗する重労働である。
(軽い荷物ばかりでなく、クソ重い荷物もガンガン流れてくる)

 

そして、現場の負のオーラというのが尋常ではないのだ。

例えば、ヤマトだと品川駅からバイト用のバスが出ている。
そこの車内の絶望感といったらもう・・・

佐川だと東陽町だが、地下鉄の出口を抜けた瞬間から陰鬱な雰囲気が漂っているのだ。

 

 

ここで考えてほしいのが、神保町とのコントラストだ。

 

 

前述のとおり、品川や東陽町の絶望感といったら凄惨極まりない。

その翌日に神保町という気韻のある町に行き、大好きなパチスロを打つ。

 

このコントラスト。

筆舌にしがたいものがある。

 

片や、陰惨の果ての果ての単純労働

バイトの開始時間が近づくにつれて、陰鬱な気持ちになり自殺したくなってくる。

工場に行けば、とにかく時間が過ぎるのを忍耐するしかない。

 

もう片や、希望でいっぱいの町・神保町

街並みは気韻で溢れ、歩いているだけで快感だ。

そしてbeamの開店時間が近づくにつれて、心が弾んでヨダレが出てくる。

稼働を開始すれば、その時間は楽しくて仕方がない。

 

 

こんなわけで僕にとっては、神保町=希望の町なのだ。

ずっと神保町にいたい。当時は死ぬほど願っていた。

 

 

そしてとうとう、その願いが叶う日がやってきた。

 

たまたま運よく1週間で30万ほど勝てた時があった。

これを機に単純労働をヤメることができた。

黒と白のコントラスト差が激しいだけに、この解放感は最高の幸福だった。

「もう品川や東陽町に行かないで良い!」
「ずっと希望の町・神保町にいられる!」

ある意味では、人生最大の至福の瞬間なのかもしれない。

 

 

こんなわけで、神保町という町には強い思い入れがある。

異国。希望の国。最高の幸福を味わせてくれた場所。

おそらく未来永劫このイメージは残り続けるだろう。

 


 

 

A5出口から地上に出る。すると、靖国通りと白山通りの交差点だ。

信号を白山通り沿いの渡り左の細い路地に入ってみると、さぼうるというオシャレな喫茶店がそびえ立つ。

さぼうる前を通り過ぎ、右手側のすずらん通りという商店街へ向かう。

暫く歩けば、三省堂神保町店。ここは国内随一を争う有名書店である。

この三省堂のすぐ前に相鉄フレッサインというホテルがある。

 

神保町beamはもう何処にもない。

 

 

しかしそれでも、神保町が僕にとって特別なのは変わりない。

A5出口を抜ければ当時の心境を思い出せる。

さぼうる前やすずらん通りを歩けば「あの時どういう気持ちでここを歩いてたか」と記憶が蘇ってくる。

 

 

東京を離れて、はや5年。

たまに東京に戻るときには必ず神保町を歩いている。

beamはもう存在しない。

それでも歩いているだけで少し昔に戻れるような・・・

僕にとって神保町とは、そんな特別な場所なのだ。

 

 

では、ここらへんで。

 

 

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5 件のコメント

  • ビームのグランドとか言った気がする
    ビームで勝てるようになった10年位前?
    養分生活ながくねー
    自分は大花日の頃養分でした。
    3連どんちゃんが入らねー(目押しできん)

  • 度々すみません。
    神田にゴードンとかできた頃ですよね(第1号店)
    その頃は自分は神田クリエとかでキンパル、ディスクアップ
    とか打ってたかな?
    神楽坂すなわちビームの上に美容室があり通ってましたね
    学生が多いイメージですね(ビーム)
    さて本題に
    勝てるようになったのがビームと言うことだけど
    まだ人としてはしがない労働者の方がまし
    多少の富みは得たがくず度が増しただけだと思う。
    スロット勝って立派な事じゃないと思うけど

    • 4号機終焉〜5号機黎明期の話ですよ。
      エヴァまごやリオパラ、スパイダーマンの時期です。

      あと労働者よりマシって事だけは無いです。

      この場合はヤマト佐川の単純労働って事ですが・・・
      ハッキリ言って人間のやる事では無いです。

      • 単純労働者に限らず職場環境が恵まれている場合を除けばバイトだろうが正社員だろうが奴隷であることを自覚したほうがいいと思います。
        奴隷に奴隷であることを自覚させない日本ってスゲー、とか思いますね。

  • 横からすいませんが、自分も底辺労働者でもパチンコスロット生活者よりはマシ、という理屈は微妙だと思う。「せめて世の中の役に立ってる」、という意味ではその通りでしょうが。スロット生活者ははぐれ者、社会からはぐれてしまってる。底辺労働者は人間の生活ではない気がする…。ただまだ自分の時間取れるだけ、個人的には生活者の方がマシかなと。

    自分も何回かbeam逝きましたね~。あそこら界隈もパチ屋廃れてて悲しいな~

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